爪切りにまつわる母との思い出。
実家を出てから16年。
私の所持しているもののほとんどが、ここ数年で購入したものになってしまった。
時々部屋を見渡して思う。
あれだけのお金を投資して買い続けてきた洋服屋雑貨たちは、いつの間にいなくなってしまったんだろうと。
家を出たときに着ていた、田舎じみた私服はいつ、どのタイミングで捨ててしまったんだろう。きっと母が買ってくれたものだったろうに、そんなことを考えることもなく、あっけなく資源ごみに出されてしまったに違いない。
今私の家にあるあらゆるものたちは、自家用車を含めて、自分の稼いだお金で購入したものたちだ。と考えながら見ていると、とても不思議な気持ちになった。
そんな中で、日常的に使っているものに、一つだけ、どうしてこんなものを長い間持ち続けていたんだろうと思うものがあった。
爪切りだ。
明るいクリアのプラスティック素材のカバーのついた爪切り。
とても小さくて、所々小さな錆が出ている。
これは大学入学の時に、母と身の回りの買い物をしていたときに、駅前の100均で購入したものだ。
母としても初めての子供の独り立ちで、大学生活を送るには何が必要なのか分からない中、二人であれやこれやと考えながら、安い商品をカゴの中に入れていた。
母が、「爪切りいるんやない?」
私「あぁ〜そうやね!あったほうがいいね!」
母「可愛いのあるやん!ピンクにする?」
私「(なんでもよかったけど)うん、する」
そんな感じの会話があったように記憶している。
その時の私はというと、大学生活や、寮の友人関係構築の不安があり、母の気持ちを推し量ることや自分の身辺を自分で整えることなど、全く頭が回らず、まさに心ここにあらずといった状態でいた。
そんな中で何気なくカゴに入った、爪切り。
まさか16年も使い続けることになろうとは、その当時の私は思いもしなかっただろう。
まだまだ現役で使えるものでもあるので、捨てる予定はない。
だけど、いざ買い換えないといけないタイミングが来た時、私はその爪切りを捨てられないような気がするのだ。
大学入学の緊張と不安。
親元を離れるという一世一代の転機。
くすぐったく感じた、親との対等な会話。
普段とは違って、一人家を出る娘を案じて熱心に買い物をしてくれた母の姿。
母を独り占めできる喜びとしたことがないのでその戸惑い。
それら全てが、この爪切りを見ると、一度に私の心に溢れ出すのだ。
数少ない思い出の詰まった物であるこの爪切り。
出来うる限り大事に持ち続けていきたいと思います。