日々の暮らしのこと-mico

いろんなことを感じます。そのまま文字にします。

低空飛行から見える景色を大事にしたい。

少し前まで、自分は普通ではない『何者か』だった。

人とは何かが違っていて、特別な『誰か』だと信じて疑わなかった。

ネガティブではなく、ポジティブになんの根拠もなくそう思っていた。

嘘のようで本当の話。笑

 

だから、もっともっと人の注目を浴びる何かになるんだと思っていたし、結婚もみんなから羨ましがられるような人と出会うもんだとばかり思っていた。

もう一度言うけど、嘘のようで本当の話。笑

 

なんだか、童話か昔話の教訓を教える話にでもできそう。

そんなこれまでの自分の姿だったなぁって思う。

 

そして今、上昇気流だったこれまでの人生は、一気に低空飛行モードに突入した。

ずっとおんなじ低めの高さを飛び続けている。

周りには楽しそうにいろんな高さで飛び回る飛行機たち。

脚光を浴びていた時期は完全に過ぎ去った。

もう私の時代ではない。

若手が光を浴びる時代がきた。

 

頭ではわかっているけど、始めはどうしてもそれが受け止められなかった。

自分が光を浴びて、人からの注目を集めていないと気に入らないみたいで。

(成長過程に不足している愛情のおかげでかまってちゃんに育ってしまった)

常に人から気持ちのいい注目を浴びていないと、また、自分が人とは違う特別な存在でないと我慢ならなかった。

だから学生の時から学級委員長をよくやったし、部活の部長もよくやった。

リーダーと呼ばれるものには目がなくて、つい名乗りをあげてしまうタイプだった。

ただ単に、『私を見て!!』という欲求だけで。

 

自分から名乗り出ていくリーダーなんて、高が知れていると、自分の経験から痛いほど思う。人から推挙されてなんぼの役職だ。だから、すぐにボロが出たし、どこへ行っても期待はずれといった状況になった。

今考えてみれば、当たり前の結果だったと思う。

思い出すとずっと穴に入っていたいと思うほど恥ずかしいこれまでの人生。

 

そんなこと、中学や高校でちゃんと心得ている人もいるのに、私は30歳をすぎて初めてきちんと理解して納得できた。

人生100年時代っていうけど、私は一体いつまで生きる計算なのか。

 

人生の挫折も、今初めて味わっている気もする。

ここまで怖いほど、とんとん拍子で来すぎた。

挫折を知らない。

 

挫折を知らないから、人の気持ちも推し量るしかなかった。

やっぱり失敗やどん底をちゃんと味わった人がリーダーになるべきよ。

経験がなくても才能がなくても絶対人を導いていける。

人の心がわかること以上の素質がありますか!(ない!)

 

私が今思うのは、この低空飛行の場所から見えるものをちゃんと見ようということ。

これまで見ようとしてこなかった、この場所からの景色を。

ここでないとわからないことがある。

見えないことがある。

(カムカムのモモケンみたいや)

でも本当にそう思う。

それにいつまた、どこかに引っ張り上げられるかわからない状況でもある。

だから今のうちにきちんと丁寧に見ておこうと思う。

 

そんで、今までの私と反対側にいた人たちの心を分かってあげられる人になろう。

自分に光が当たっていて見えなかった、向こう側の人たちの心を。

そして、できれば一生涯その人たちの心に寄り添って生きていきたい。

 

という、ちょっと急激な反省会をしてみました。

こういう経験ある人、いるのかな?